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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4061号 決定

申請人 涌井政春 外四名

被申請人 国際興業株式会社

主文

被申請人が昭和二十九年八月十五日申請人涌井政春に対し、同年九月三十日同辻井茂夫に対し、同年十月二十七日同高島貫二、同榎本喜芳及び同飯島等に対しなした各解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一申請の趣旨

主文第一項と同旨の裁判を求める。

第二当裁判所の判断の要旨

一  当事者間に争のない事実

被申請人会社が乗合自動車運輸事業を目的とする株式会社であること、申請人等が被申請人会社に雇用される運転手で、被申請人会社従業員をもつて結成される国際興業労働組合(以下単に組合と略称する。)の組合員であること、申請人涌井が昭和二十九年八月十五日就業規則所定の懲戒解雇規定に基き、同辻井が同年九月三十日就業規則所定の解雇規定に基き同高島、同榎本及び同飯島が同年十月二十七日何れも労働協約第十一条所定の組合から除名された者を解雇する旨の規定に基き、それぞれ解雇の意思表示を受けたことは、当事者間に争ない。

申請人等は、右解雇の意思表示は無効であると主張するから、以下順次解雇の効力について判断する。

二  申請人涌井に対する解雇の意思表示の効力について

同申請人は、右解雇の意思表示は就業規則の適用を誤つたもので無効であると主張する。

(一)  解雇の理由

疏明によれば、同申請人は、昭和二十九年六月二十八日午前七時四十二分志村橋発浅草行の被申請人会社の乗合自動車を運転し、同日午前八時二十分頃池袋駅東口停留所に到着したこと、車掌が同停留所で下車した三十数名の乗客のうち六名に対しまだ釣銭を支払わず、一方乗車しようとしている者があるにかかわらず、車掌の発車合図をまたないで発車したこと、このため同所で飛び乗ろうとした乗客一名が横転しそうになつたこと、車掌が同所から約二百米程進行した地点において、同申請人に対し、右の釣銭未払の事実を告げたのにかかわらず、同申請人は、そのまま自動車の運転を続けて浅草停留所に至つたこと、車掌は、同停留所からの帰途池袋駅東口停留所において、同停留所に待つていた前記釣銭未受領の六名のうち四名のみに対し釣銭を支払つたが、外二名の者に対しては、釣銭を支払うことができなかつたこと。及び同申請人は右の事故を上司に報告しなかつたことが認められる。右認定に反する疎明は、措信しない。

(二)  就業規則の適用

被申請人会社の就業規則第百二十二条は、従業員が、「服務規律に違反し、その罪状が重いか又は改悛の見込のないとき」(第一号)、「業務の内外を問わず、会社の信用を害し、又は体面を汚す行為のあつたとき」(第十五号)及び「その他会社の諸規程、令達又は指示に違反したとき」(第十九号)は、これを懲戒解雇に処する旨を、自動車事故防止細則第四条第九号及び乗務員服務規程第九条は、運転手は、車掌の発車合図をまたないで発車してはならない旨を、同服務規程第三条は、乗務員は乗務終了後乗務中生じた主要事項を報告しなければならない旨を規定していることが、疎明により認められる。

従つて、前認定の就業規則に照せば、車掌の発車合図をまたないで発車したことは、同服務規程第九条及び同事故防止細則第四条第九号に、事故を上司に報告しなかつたことは、同服務規程第三条に違反することが明らかであり、従つて、これらの行為は、何れも就業規則第百二十二条第一号及び第十九号に該当するように一応考えられる。又、乗合自動車運転手は、停留所を発車するに際しては、常に乗客の乗降及び車掌の言動に留意し、車掌の発車合図を確認してから発車すべき注意義務があるのにかかわらず、同申請人は、これを確認しないで、漫然発車したため、前認定のような事故を惹起せしめたのであるから、飛び乗ろうとした者が横転しそうになつたこと及び釣銭の支払が遅延し又は釣銭が不払に終つたことには、同申請人の過失あるものというべく、これらの行為は、何れも同条第十五号に該当するように一応考えられる。

しかしながら、同条第一号は、服務規律に違反する行為を懲戒解雇事由として掲げているが、その情状の軽重を問わず、総て懲戒解雇に処する趣旨ではなく、情状の重いもののみを懲戒解雇に処する趣旨であることは、右規定の文理解釈上疑のないところである。又同条第十五号は、「業務の内外を問わず、会社の信用を害し、又は体面を汚す行為のあつたとき」を、同条第十九号は、「その他会社の諸規程、令達又は指示に違反したとき」を懲戒解雇事由として掲げ、前記同条第一号のように特に情状重いもののみを懲戒解雇に処する旨明文上限定していないから、これらの行為は、情状の軽重を問わず、一切懲戒解雇をもつて律する趣旨であるように一見考えられるが、果してそうであるかどうかは、更に就業規則の懲戒に関する各規定を比較検討する必要がある。疎明によれば、就業規則第百十九条第一項は、「故意又は過失により業務の正常な運営を阻害し、又は会社の信用を傷け、或は不正を行つたときは懲戒する」旨を、同条第二項は、懲戒の種類として譴責、減給、停職、降職及び解雇の五種を、第百二十条は、譴責又は減給事由を、第百二十一条は、停職又は降職事由を、第百二十二条は、懲戒解雇事由を規定していることが認められる。右懲戒規定を比較考察すれば明らかなように、第百二十条ないし第百二十二条に懲戒事由としてそれぞれ列挙する事項は、全く性質の異なるものでなく、各規定間において共通性と類似性を有する。例えば、「会社の諸規程、令達又は指示に違反したとき」は、第百二十条第十号において譴責又は減給事由として規定する一方、第百二十二条第十九号において懲戒解雇事由として規定している。又、停職又は降職事由を規定する第百二十一条は、第百二十条及び第百二十二条が譴責、減給又は懲戒解雇事由としてそれぞれ規定する以外の事由を特に摘示することなく、これらの規定を受け、「会社は従業員が前条各号(譴責、減給規定)或は第百二十二条の各号(懲戒解雇規定)に該当する行為と雖もその行為の軽重又は情状により停職又は降職とする」旨を規定している。これによつて見れば、第百二十二条の規定は、同条各号に特に情状重いものを懲戒解雇に処する旨明示していると否とにかかわらず、当該行為の情状の如何によつてこれを段階的に把握し、情状最も重いものを懲戒解雇に然らざるものを順次降職、停職、減給又は譴責の何れかに処する趣旨であると解すべきである。すなわち、同条第十五条にいう会社の信用を害し又は体面を汚す行為及び同条第十九号にいう会社の諸規程等に違反した行為とは、その時期、態様、原因又は結果等から綜合的に判断して、懲戒解雇に処することが社会通念上肯認される程度に重大かつ悪質なもののみを指称するものと解するのが相当である。

右の観点から、前認定の行為の情状について判断する。疎明によれば、当日志村橋から池袋駅東口停留所に至る間途中約二粁の道路において舗装工事実施中であつたため、道路が極めて悪く、運転は困難を極め、剰え同停留所に至るまで途中満員であつたため、運行は徐々に遅れ、同停留所には約十数分延着し、後車も続いて同停留所に到着するに至つたこと、同申請人は大いに焦慮し浅草志村橋間は被申請人会社の外に都営バスが乗合自動車事業を行つている区間でありこれら両事業者間には、停留所において後車が到着したときは、前車は客を乗せないで発車する旨の協定があるため、車掌に対し「お客は後車に乗つてもらうように、おい発車するぞ。」と声をかけ発車したこと、車掌がこの際直ちに停車を命ずることなくドアを閉めたので、釣銭が未払のままであること等に気附かず運行し、前認定のとおり約二百米進行した地点において釣銭未払の事実を告げられたのであるが、定刻より相当遅れているので、乗客のことも考えそのまま運行したこと、終着浅草停留所にも約十分延着したので、帰途は一部回送し、再び池袋駅東口停留所に至つたこと、同停留所において、少くとも二名の者に対しては釣銭を支払うことができなかつたこと前認定のとおりであるが、同申請人は、四名に対する支払によつて全部に対する支払が済んだものと信じていたこと、そのため右の事故をそれほど重大なものと考えず、上司に報告しなかつたことが認められる。右認定に反する疎明は措信しない。

以上認定の事実に徴すれば、同申請人が運転手として車掌の発車合図をまたないで発車したことは、服務規律違反の行為であり、かつその性質上不測の事故を惹起せしめる虞がある行為として非難を免れないけれども、このため飛び乗ろうとした者が横転しそうになつたとしても、傷害等の重大な事故を発生する結果に至らなかつたものであり、飛び乗ろうとした者にも過失があるものと推認されるから情状酌量するのが相当である。次に、釣銭の支払が遅延し、又は釣銭不払に終つたことは、被申請人会社の信用を傷つける行為ではあるけれども、過失に基くものであり、かつ大部分の乗客に対しては釣銭を支払い、不払に終つたものは少額であると推認されるのであり、この事実と釣銭支払は元来車掌の職責に属するところであり、発車に際し車掌が機敏に停車を命ずる等の措置をとれば、防止し得た事故であるから、責任の大半は車掌にあるというべく同申請人の責任は車掌のそれに比して寧ろ軽微であるという事情を併せ考えれば、この点に関し同申請人の責任を重く評価することは酷に失する。又事故を上司に報告しなかつたことは、服務規律違反の責を免れないけれども、同申請人は、帰途釣銭支払が全部完了したものと信じていたため、これをそれほど重大視せず、上司に報告しなかつたのであるから、この点に関しても情状酌量するのが相当である。以上のとおり、同申請人の行為は、これを綜合して判断しても、未だもつて就業規則の懲戒解雇事由に該当する程悪質かつ重大な非行ということはできない。そして使用者が就業規則に解雇事由を規定している場合は、使用者自ら解雇権を制限し、これに該当する事由がなければ、有効に解雇をなし得ないものと解するから、本件懲戒解雇の意思表示は、就業規則の適用を誤つたもので、無効であるといわざるを得ない。

三、申請人辻井に対する解雇の意思表示の効力について

同申請人は、右解雇の意思表示は就業規則の適用を誤つたもので無効であると主張する。

(一)  解雇の理由

疎明によれば、同申請人は、昭和二十九年八月二十一日被申請人会社女子車掌某と自宅において情を通じ、そのまま同車掌と約十五日間同棲していたこと及び当時同申請人の妻は出産のため帰郷し、不在であつたことが認められる。しかしながら、同申請人が同車掌を強いて姦婬した旨の疎明は措信しない。

(二)  就業規則の適用

疎明によれば、就業規則第九十二条は、解雇事由として、第六号に「会社業務の円滑なる遂行に非協力と認められたとき」又第九号に「第百二十二条の懲戒解雇に該当するとき」と規定し、同号に引用する第百二十二条第十五号は、「業務の内外を問わず、会社の信用を害し、又は体面を汚す行為のあつたとき」と規定していること及び被申請人会社は、右各規定を適用して本件解雇の意思表示をしたことが認められる。

ところで就業規則第九十二条第六号に掲げる会社業務の円滑なる遂行に非協力とは、職務遂行が著しく不熱心であるとか、又は故意に他の従業員の作業その他会社の施設秩序を妨害して、会社の作業能率を低下させる場合等をいう趣旨と解すべきであつて、これが職務遂行と直接関係のない道義的非行又は会社の作業能率を低下させる程の秩序紊乱とならない行為をも律する趣旨でないことは、その文言上明らかである。ところで、前認定の行為は、道義的には非難に価する行為であるが、職場外の行為であつて、行為の性質上職務の遂行とは直接の関連を有しないものというの外はない。もつとも被申請人会社のように多数の男女従業員を擁する場合には、業務の円滑な遂行上、風紀の維持は会社の関心事たるを失わないであろうけれども、特殊の例外を除き一従業員の操行によつて会社業務が妨害される程の風紀の紊乱を来すことは通常考えられないところであり、本件において偶々その相手方が被申請人会社の女子車掌であつても、その結果会社業務が妨害される程の風紀紊乱とは見られないし、又右所為により同申請人又は同車掌の職務遂行に支障を及ぼした旨の疎明もないのであるから、右解雇規定に該当しない。

次に同条第九号に引用する第百二十二条第十五号は、業務外における会社の信用を害し、又は体面を汚す行為を解雇事由としているが、前認定の行為が一般に知悉されたとしても行為当事者自身の被る不名誉はとも角として、社会通念上当然には、被申請人会社の信用を害し、又は体面を汚すものと解することはできないのであるから、右規定にも該当しない。従つて、本件解雇の意思表示は就業規則の適用を誤つたもので、無効である。

(三)  同申請人に対する昭和三十年三月一日附解雇の意思表示の効力について

被申請人は、昭和二十九年九月三十日同申請人に対してなした解雇の意思表示が無効であるとしても、同申請人は同年十月二十六日組合から除名されたので、被申請人会社は、昭和三十年三月一日労働協約第十一条の規定(ユニオンショップ条項)に基き、同申請人に対し解雇の意思表示をなし、被申請人会社と同申請人との間には現に雇用契約は存在しないのであるから、本件仮処分申請は、本案請求権の存在しないことに帰し、不適法であると主張する。しかしながら、右解雇の意思表示も、後記申請人高島、同榎本及び飯島に対する解雇の意思表示の効力の判断において示すと同様な理由により、無効であるから、右主張は採用しない。

四、申請人高島、同榎本及び同飯島に対する解雇の意思表示の効力について

同申請人等は、右解雇の意思表示は、労働協約第十一条の「組合から除名された者は解雇する」旨の規定に基きなされたものであるが、組合が昭和二十九年十月二十六日同申請人等に対してなした除名の決議は、組合規約第六十一条に違反し無効であるから、これに基く右解雇の意思表示も無効であると主張する。

(一)  解雇の理由

疎明によれば、同申請人等は組合に所属していたところ、組合は、昭和二十九年十月二十六日開会した組合大会において、同申請人等に組合規約第五十五条に規定する除名事由があるものとして同申請人等を除名する旨の決議をなし、同日その旨を被申請人会社に通知したこと、及び被申請人会社は、同申請人等主張のとおり、労働協約第十一条の規定に基き本件解雇の意思表示をしたことが認められる。右認定に反する疎明はない。

(二)  除名及び解雇の効力

疎明によれば組合規約は、組合が組合員を除名する場合は、先ず組合の機関たる査問委員会において除名処分に附する旨を決定し(第五十九条)、その決定を組合大会に報告し、出席組合員の無記名投票により、三分の二以上の多数決をもつて決定すること(第六十一条及び第六十条)、組合大会は、総組合員をもつて開くの原則とするが、権限の委任がある場合には、代議員の三分の二以上の出席をもつて開くことができる旨規定していることが認められる(第十四条及び第十七条)。一方疎明によれば、前認定の昭和二十九年十月二十六日の組合大会は、代議員七十名(代議員総数九十名)の出席をもつて開会し、同月二十五日成立した同申請人等を除名すべき旨の査問委員会の決定を議案として上呈したのであるが、組合規約第六十一条の規定による無記名投票の方法によらず、挙手の方法により賛否を問うたところ、賛成五十八名、保留十二名、反対なしの多数をもつて除名が決定したことが認められる。

労働組合は、自主的団体であるから、その自主権に基いて組合規約を制定する機能を有し、組合規約は、自主法規として組合及び組合員を拘束する効力を有する。そして、組合規約において、組合大会の決議方法を定めている場合、この方法に違反する決議は、原則として無効と解するのが相当である。前認定の事実に徴すれば、同申請人等を除名する旨の組合大会の決議は、組合規約第六十一条の規定に違反してなされたものであるが、決議が無記名投票によりなされるか、挙手によりなされるかは、決議権を行使する者の意思の表明に重大な影響を及ぼすものであるから、かかる規約違反の決議は、その瑕疵が重大であつて、無効と解する外ない。そして労働協約に組合を除名された者を解雇する旨の規定がある場合は、ユニオンショップ条項と解すべきところ、ユニオンショップ条項に基く解雇は、除名が有効に行われたことを前提とするものであるから、除名が無効である場合は、ユニオンショップ条項に基く解雇もその有効性を主張し得ない理である。従つて本件解雇の意思表示は、無効であるといわなければならない。

(三)  昭和三十年二月二十六日なされた組合臨時大会の決議の効力について

被申請人は、前記除名決議が無効であるとしても、組合は、昭和三十年二月二十六日臨時組合大会を開き、無記名投票の方法により、右除名決議が有効であることを確認する旨の決議をしているから、右除名決議は有効となり、従つて本件解雇の意思表示の瑕疵は治癒されたと主張する。しかしながら、後に開かれた組合大会において、先の決議の有効なることを確認する旨の決議をしたとしても、これにより先になされた無効な決議が有効に転換し、又はその瑕疵が治癒される根拠を見出し得ないから、右主張は採用するに由ない。

(四)  被申請人は、申請人高島、榎本、飯島は解雇日である昭和二十九年十月二十七日解雇予告手当を受領し、なお高島は同月二十九日退職餞別金を受領し、解雇を承諾したから、解雇は有効であると主張するけれども、本件解雇は、一方的意思表示によつてその効力を生ずべき形成権の行使であつて合意解約の申込と異るから、無効な解雇の意思表示が承諾又は承認によつて有効となる法理は存しない。

五、叙上のとおり、申請人等に対する各解雇の意思表示が無効であるのにかかわらず、これが有効として取り扱われ、申請人等が被申請人会社より従業員たる地位を否定されることは、申請人等にとつて著しい損害であるからこの損害を避けるため、右解雇の意思表示の効力の停止を求める本件仮処分申請は理由がある。よつて、これを正当として認容し、申請費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 岩村引雄 三好達)

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